「世間様って、誰?」失敗してナンボ、出るくいは引き上げる地域こそが進化できる

留学生に聞かれた「世間様って誰ですか?」


この間、海外から京都大学に留学しているAちゃんと話していたときのこと。
彼女は文化人類学専攻。
日本で増えている「移住」の実態や「田舎での暮らし」に興味があり、
フィールドワーク、研究のため私の住む高知県の山奥へ。

そんな彼女がウーフとして仕事を手伝いながら滞在をさせてもらっているお家で不思議に思ったことは・・・

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彼女にしてみれば、冬であんまり生えてない草をわざわざ根こそぎ刈る、という行為は効率的ではないし高齢化している世帯の負担になっているんじゃないか?と疑問があったそう。ですが、実際に田舎では草が生えている=あそこの人はちゃんとしてない、という見られ方に通じるのです。

「世間様」は日本で根付いていますが、海外では謎な概念。


私は都会で育ったのでそこまで「世間様」がどうという概念は強くなく、あるとすれば「人様に迷惑をかけないように」くらいの感覚でした。・・・が、8年前高知の田舎へ移住して、「世間様」という共通認識がみんなの中でまだ強く生きているということにびっくりしました。

「世間様が見ているからこれはしたらいかん」
「世間様から恥ずかしくないようにこれはせないかん」
という会話が一般家庭で普通に行われており、それによって自分の行動を変えるということが普通にあったのです。

正直、不思議に思いました。じゃあ、そんなにみんなが気にしている「世間様」って誰なんだろう?って。そして、暮らしているうちにそれにはいい面も悪い面もあることに気が付きました。

「世間様」感覚が良い方向に働いた場合は・・・

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このように、

①「世間様に見られても恥ずかしくないように」というモチベーションのもと、毎日ちゃんとした生活リズムで暮らす。一生懸命働く。


田舎で暮らしていると、都会での「誰も見てないから」感覚ではなく「誰かが見ているから」の意識のもと、毎日の生活リズムが整うこともあります。
若手の農家さんなんかは、先輩に「畑には毎朝用事がなくてもちゃんと出るように。その姿を人はみていていずれ認めてくれる」と指導されることも。これ、かなり実際に信頼効果があるんですよ~。

②周りへの気配りができる


村社会を形成する上で大事なポイントだったのだと思うのですが、地元の方には
「自分だけでなく周りの人にとっても良いかどうか」という視点があるように感じます。
これは、

③のみんなの力で何かを成し遂げる共同体意識にもつながる


共同体としての助け合いの意識とか、補い合う意識、公共心の強い人が多い。
若い人でもそうなんです。はっきり言って、男前!すてき!と思う瞬間です。
自分のこと、損得しか考えられなくなりがちな現代において、こんな心があることはすごく素敵なこと。こういう若者がいること自体が頼もしいし、魅力的です。

反対に、「世間様」概念が悪い方へ働くと・・・・
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①「誰かに見られてる」プレッシャーにやられそうになる

②人の目を気にしすぎて窮屈になり、村を出たくなる若者が

③「みんな」を意識しすぎ、個人が突出した才能を生かしきれないことも

田舎では突出すれば「出るくいは打たれる」傾向もあるため、せっかくのいいアイデアがあっても出さない。「目立つと損」と思いすぎて、必要な活動が出来ていかない。なんてことが。
結果、「世間様」という実体のないものを根拠にして、お互い足の引っ張り合い状態に。こりゃもったいないですよね。

若者にとって窮屈な村にならないためには。
Uターン者こそが田舎に帰りにくい理由。


田舎の若い子と話していると、中には強迫観念的に「世間様」から見られること、何か言われることを恐れ「地元スーパーで歩いてるだけでもいや、人目が少ないお店に行く」という人さえもいます(驚)

実際に人がそんなに見ているかというと、実は分からないのですが・・・
それくらい、強迫観念になるような意識で親や周りから「世間様が~」と言われて育ったり、何か嫌な思いをしたことがあった、ということなのだと思います。

「所詮ただの概念だ、気にするな」「見られていたとしてもそれは相手のことであり、実際の自分の人生にはあまり関係がない」と言ったとしても、多分響かない。

これがUターン者にとって「仕事がないから地元に戻れない」という理由以外の、地元に戻れないホンネになっていることも。もともとのつながりがあるからこそ、逆に田舎に戻りにくいんですよね。
逆にそんな目線気にしない、空気読まないくらいの方が、うまくいくこともあるかもしれないくらい。

こういう事象を見ていると、自分たちの首を自分たちで絞めていくような世間様意識はガラッと転換して、みんなで生きやすくしていけたらいいなあと思います。

世間の目線を「優しいまなざし」と感じるか「怖い監視されている視線」と感じるか。2つのポイント


視線が「刺さる」ように感じるというのは「見守られている」ではなく「監視されている」ように感じるから。思春期のように自意識過剰的な「私見られてる?意識」と「人を監視する」しんどいスパイラルは誰も幸せにはしません。

お互いに気持ちよく生きていくために、
1、人を見る方は、監視するように見ないで「見守る」ように優しいまなざしで見る。
2、人に見られる方は「監視されてる」と思い込みすぎず。怖さよりも温かさを無理やりでも信じてみる。
こういう意識を
持ってみるのもひとつかも。

存続危機の村が進化していけるかどうかは、
世間様にとらわれず、バカなアイデアでも出せ、
失敗してもOKだからとにかく挑戦しよう!
みんなで引き上げあおう!という気風にかかってる。


世間様がいい方向へ働いたときの「ちゃんとした生活リズムで暮らす」「自分だけでなく人のことも思いやる」共同体意識、公共心って、すごく貴重なもの。

大切なものは大切なままに伸ばしていきながら、自分たちを苦しめるしんどい部分は少なくしていけばいい。意識の集合が村を作っていき、風土を作っていくのだから。

自分たちや自分たちの子供世代が、プレッシャーを過度に感じることなく、楽しくのびのびと自分らしく暮らせるように。共同体として、足を引っ張り合うのではなくお互いを引き上げ合い、幸せにつながっていけるように。

地域作りに、失敗は当たり前。挑戦する人を大切にし、出るくいは引き上げろ!


今、地方では少子高齢化で存続危機の村がたくさんあります。
そんな時に、世間様や失敗を恐れて誰も手を打たないほうが危ない。

「地方創生」が国でうたわれていますが、誰もうまくいくレシピなんて持っていません。
当然ながら、試行錯誤や失敗も数多くしながら、挑戦したプロセスの上に、その土地土地に合った良い地域作りができていくもの。

一人ひとりの住民が、自分ができることをする。
そのためには、いちいち誰かのせいにしていては止まってしまうし、せっかくリーダーになってくれた人も負担になりすぎて、やりたくなくなっちゃうし・・・
とにかく、出るくいは引き上げてでも沢山手を打っていくことが大事です。

その前提には、みんながのびのびとバカなアイデアでも言える。
行動して失敗してもOK、よくやった!と言える。とにかく挑戦しやすい空気感があることが重要。

これからの村が進化していけるかどうか?
そんな意識の土壌になる「世間様」をより良い概念にアップデートしていきたいですね♪

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■私、ヒビノケイコの著書。高知の山奥で暮らしながら新しい時代のあり方を創造中。

山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~山カフェ日記~30代、移住8年。人生は自分でデザインする~ [コミック]

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田舎に仕事を作るために作った、地元素材のお菓子工房。
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